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蝋板に鉄筆で

自由帳

1-2

あるコンテンツについて他人と語ることに隣接すると思われる、あるコンテンツを他人に薦めることについて若干の見解を述べる。

あるコンテンツを他人に薦める場合、これについて語る場合と異なって、事前に見解を言語化しておく必要がないことが経験上分かっている。極端に言えば、「これ面白いよ、読んで/観て/聞いてみてよ」と言う程度で事足りてしまう。その上恐らく、コンテンツに対する見解を言語化しておかなかったからといって推薦の質が下がるということも特になさそうである。あるコンテンツを自分が摂取した時に生じた感覚が、適切に当該コンテンツと紐付けられて記憶されていればそれで十分なようだ。

ここまで考えてみて、コンテンツに対する見解を言語化する訓練だけでは、コンテンツを十全に味わってこれを他者と語り合う能力は必ずしも得られないのではないかという疑問が湧く。あるコンテンツを摂取した時に何ら感銘を受けないのであれば、そもそも言語化すべき感覚がないのだから、他者と語りようがないわけである。イメージを言語化するだけでは足りない。鮮烈な、時間を掛けて語るに足るようなイメージを得なければならない。そのような素晴らしいコンテンツを探求しなければならない。