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蝋板に鉄筆で

自由帳

けいおん!

私は、けいおん!は完全な作品であり、けいおん!!は完全とは言えないまでも非常に優れた作品だと考えている。そこで本作については委細を尽くして思うところを述べていきたいと考えているが、いざ言語化しようと思うと中々難しく、どうしても「良いものは良い、だから良い」という水準の言及に留まってしまう(あるいはそれが良い作品であることの証左なのかもしれない)。今回は、けいおん!の1期2期を通貫して理解するのに資するかもしれない見方の一つについて、前々から考えていたことの一部の頭出しを行う。

 

私はけいおん!の1期と2期は明確に異なるコンセプトで作られた作品だと考えている。あるいは、唯達の学年の変化に応じて1期を二つに分け、2期と合わせて三つの時期があると考えることができるかもしれない。すなわち、①1期8話までは人間関係の草創期、②1期9話以降は梓が入部したことのインパクトに軽音部が反応し、吸収し、受容する人間関係の変革期、③2期が人間関係の円熟期である。今更言うまでもないような理解であろう。これを換言すると、①が唯に対して人間関係が開かれた時期、②が梓に対して人間関係が開かれた時期、③が人間関係の閉じた時期だとも言えるだろう。そしてこの言い換えをバネにして、1期を場の軽音部の時期、2期を人の軽音部の時期と言えないかどうかということを、長い間考えているのである。