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蝋板に鉄筆で

自由帳

小林さんちのメイドラゴン-9

小林さんちのメイドラゴン最終話を視聴した。この最終話は、演出等素晴らしい出来ではあったものの、どうしても消化しきれない論点を抱えたと思われる。如何なる点で、どのように未解決の論点が表出したかについて、簡単に指摘しておく。

 

終焉帝がトールを元の世界に連れ戻しにきた理由は、将来起こり得る悲劇故に、トールが傷付くのを未然に防ぐためである。その悲劇とはすなわち小林の死であり、人間とドラゴンの、価値観の相違以前の根源的差異に由来する。

トールは、今ここにいる瞬間を愛するが故に、終焉帝の迎えを拒絶する。この対立は、未来を志向する終焉帝と現在を志向するトールの価値観の完全な断絶によるものである。そ終焉帝の言い分は上述の通り堅固な論拠に基づくものであり、他方トールの言い分も今現在を日々積み重ねて信頼を積み上げることに基づく頑強なものである。

双方の言い分を止揚することは極めて困難である。少なくとも1クールのアニメの最終盤のみを用いて解決を与えうる問題ではない。逃げの一手、先延ばしの一手を打って差し当たりの妥協を図るほかない。

そこで、小林が如何なる論理で最終的に終焉帝を退けたかが問題になる。小林の主張は次の通りである。すなわち、現在小林とトールの関係は上手くいっており、かつその関係が将来にわたっても継続すると相互に信頼しているのだから、問題は親子の信頼関係に帰着するのであり、終焉帝はトールを信頼すべきである、と。これをどう評価すべきか。

換言すれば、小林とトールの現状を述べた上で、トールへの信頼を担保にして解決を先延ばしにせよと言っているわけである。これまで縷々述べた終焉帝の主張する問題の指摘に対する応答は全くの零であるし、先延ばしにすべき理由として暗に採用されている論拠はトールの自己決定の尊重であるが、それとても現在を志向する価値観に由来するものであり、何故今現に生じている価値観の相克を先延ばしにすべきなのか、それが許されるのか、終焉帝とトールが先に議論したところから一歩も進んでいない。つまり、終焉帝がトールを信頼すべきか否かと問題を先延ばしにすべきか否かが全く噛み合わないのである。この点が私が本作に抱いた最大の不満点である。

 

しかしながら、本作の魅力は今ここにあることの価値を肯定するという主張それ自体にあるようにも思う。そうすると、主張に対して更に反論を予想して再反論を繰り広げることは、そもそも本作の射程が及ばない事柄であると考えられる。現にそのような観点から最終回を評価し直せば、全編通して小林とトールの積み上げてきた関係が如何に尊いかがありありと窺える演出が施されていたとも言える。

本作が価値観の相克の解決乃至すり合わせから軸足を移して、今ここにあることの価値を肯定するという主張ベースの作品になりつつあることは、とりわけ8話頃から明らかであったように考えている。そして、別の価値観との対立を措けば、本作の主張は小林とトールの関係があまりに魅力的に描かれていたことからしても十二分に説得力あるものであったように思う。本作は、その射程を十分意識する必要はあれど、本当に素晴らしい出来のアニメだった。