蝋板に鉄筆で

自由帳

ステラ女学院高等科C3部-2

2.

何らかの人間の集団を描くアニメは数多存在し、勿論本作で描かれるC3部もある種の人間の集団である。ではC3部の特質とは何か。ある見解によれば、本作は所謂オタクサークルで生じがちな問題の一局面を描いた作品であるという。私はこの見解に賛同するものではないけれども、なお本質を掠める見方だと思われる。そこで本見解を起点にして、C3部の特質に迫っていこうと思う。

 

オタクサークルを特殊な嗜好を持つ人々の寄り集まった人的集団と捉えれば、先に述べた見解の指摘する通り、C3部は所謂オタクサークルとして描かれていると見ても差し支えなかろう。本作においては(と言うよりは一般に)、サバゲーをする女子高生は特殊で珍しい存在であり、したがってそのような嗜好を持つ人々が寄り集まっているC3部はまさにオタクサークルと言いうるだろう。

そして本作では、サバゲー好きな女子高生が珍しい存在であるという前提が幾つかの局面で鍵になっている。例えばC3部の部員が、他にめぼしい理由がなくともとりあえずゆらを誘おうとした動機は、案外このあたりにあったのかもしれない。この点前回の記事における考察は不十分であった。

しかしそれよりも遥かに重要なのは、サバゲー好きな女子高生という希少な存在であり、かつ最高の腕前を持つ鹿島そのらという人物が、まさにそれゆえにこそ圧倒的なカリスマを以てC3部に君臨していたということである。属性の希少性は、そのらのカリスマをより際立たせるという点において意味を有するのである。

 

実のところ、問題の本質はそのらのカリスマを巡るC3部という組織の在り方にこそ損するのである。すなわち、C3部の特質は活動内容の特殊性よりもむしろ、圧倒的カリスマを有するプレイヤーとその信者で構成されているという点にこそ見出されるのである。信者同士の関係は希薄で淡白であったとしても、そのらのカリスマを媒介にしてC3部の部員は結合しうる。その上実際のサバゲーにおける指揮命令系統の存在は、そのらのC3部における地位をいやが上にも高める。

ゆらもまた、そのらに憧れてC3部に入部したメンバーの一人であった。しかし、彼女はそのらにはなれなかった。C3部がそのらを欠いたとき、ゆら以外の4人はサバゲーの試合に対するモチベーションそのものをも失っていたように見える。ゆらは4人を鼓舞したが、彼女にはカリスマがなかった。ゆらは優れたプレイヤーではあったかもしれない。しかしC3部の中核たるそのらに代わる新たな結節点にはなり得なかったのである。