蝋板に鉄筆で

自由帳

恋は光

『恋は光』シリーズを読み始めている。本作は、登場人物が自身の感情それ自体を、感情の発生原因にまで遡りながら具体的に言語化することが徹底されており、従って精密な議論の対象にしやすいように思われる。他面それは読者の側もまた本格的な議論に堪え得る入念な準備を行う必要があることを意味する。そして私は現時点では何らの準備もなし得ていない。

それでもなお今言えそうなことは、本作を読むにあたっては、「恋愛とは何か」を読者自身が考えることよりも、①「恋愛とは何か」を考えるとはそもそもどういうことか、また「恋愛とは何か」を考える人々はどのような人々か、もう少し抽象的に広く捉えれば、②感情を言語化しようと試みる人々はいかなる特質を有するか、という問いを立てたほうがより建設的なのではないか、ということだけである。「恋愛とは何か」という問題を詰める作業を本作の登場人物が行っているとしても、読者自身も同じ問題に取り掛かる必要はなく、むしろその議論の筋を追って比較検討し、議論することの意味自体を考える必要があるのだろう。

そして喫緊の課題は、そう言いうる根拠は何かを言語で述べることである。