フレームアームズ・ガール

標記の作品を鑑賞した。あまり私向きの作品ではなかったが、それでも感じ入るところはあり、また近年(と言い切れるほど昨今及びそれ以前の作品に詳しいわけでは全くないが)の流行(?)とでも言い得る人間関係の描写が為されていたように感じたので、備忘にメモを残しておく。

 

本作全体の趣旨から、源内あおとFAガールの関係は、差し当たり母娘関係に近似しうると言ってもそう大きく外したことにはならないだろう。ブキ子が12話BパートでFAガール達の為にクリスマスツリーを買うあおに対して言った言葉はその強い根拠となる。しかしながら、そこから進んで、どこが近似の限界なのか探る必要はあろう。

例えば、当然のことながら、あおとFAガールとの間には血縁関係はない。それにもかかわらず、あおはFAガールに無償の愛を注いでいる…とまで言えば言い過ぎだろうが、少なくとも非常に強い包容力で以ってFAガールの存在を受け入れている。人間関係の希望を拓く方向の主張があることになる。

加えて見逃し得ないのは、12話Bパートで轟雷があおの苗字を求めたこと及びあおがそれをいとも容易く轟雷に差し出したことだろう。血縁関係のない者が氏を得るのはつまるところ養親子関係の発生であるが、あおからすれば、現時点でのあおと轟雷の関係に養親子関係という近似値を与えたに過ぎないのだろう。では現時点でのあおと轟雷の関係は何に支えられるか。言うまでもなくFAガールのバトルデータ収集に留まらない思い出の数々によってである。

あまりに月並な結論ではあるけれど、思い出の蓄積を、友情以外の、恐らくは友情よりもっと尊い関係に紐付けたことは意義深いことと感じられる。