蝋板に鉄筆で

自由帳

小林さんちのメイドラゴン-2

昨日の主張に関して、小林さんちのメイドラゴンで描かれる人間関係に関して、小林とトールの関係に留まらず、3話時点で明らかになった範囲について補足する。本作の人間関係は構造上も繊細なグラデーションで構成されており、その絶妙な距離感を鑑賞するのが非常に心地良いという趣旨である。

 

3話時点での主な登場人物を整理すると次の通りである。

人間サイド:小林、滝谷、商店街の皆さん、ご近所さん

ドラゴンサイド:トール・カンナ・ファフニール・ルコア

 

これら登場人物を、小林及びトールから見た距離感という観点から、小林とトール以外の関係について整理してみる。

第一に小林とカンナの関係である。カンナはトールの知り合いのドラゴンであり、これにドラゴン界を暫くの間追放となって行き場がないという事情が加わって、小林の家に転がり込んだわけである。ここで私が重要だと考えるのは、トールの知り合いだというワンクッションを梃子にして小林がカンナを受け入れたことである。小林が、小林とトールの間にあった「約束」のようなものを媒介とせず、自分を信用することを求めるでもなく、ただカンナを受け入れて自分の傍に置くことを決めたということに意義がある。距離のある存在を受け入れる小林の寛容さがトールに、そして私達に非常な感銘を与えるのである。

第二に小林とファフニール、ルコアの関係であるが、これは3話時点で十分明らかになってはいないし、また問題になってもいないと思われるので差し置く。

第三にトールと滝谷の関係である。滝谷は小林の同僚でありかつ飲み友達である。このように小林との関係が良好であるから、トールは滝谷に悪感情を向ける。月並みな表現をすれば、無関心ではなくて嫌いなのである。小林と滝谷との距離感の近さが裏返ってトールと滝谷の距離感の相対的な近さとなって現れるのが私には興味深く思える。

このことは最後に検討するトールと商店街の皆さん、ご近所さんとの関係からより明らかとなる。トールは商店街の人々とは一見良好な関係を築いているように見えて、実は彼女の意識の中では適当にあしらっているに過ぎず、また騒音問題で揉めるご近所さんには愚かな人間と一括りにして不快感を剥き出しにする。そしてトールがこうした普通の人間達に向ける感情と小林が彼らに向ける人間という同朋への理解の間にこそ最も距離があるのであり、その距離を双方が自覚するシーン―例えば2話のひったくりのシーンであったり、3話で小林がトールを諭すシーンであったりといったシーン―における小林とトールのやり取りこそが、本作で最も趣深い空気を生んでいるのである。

 

本作は恐らくコメディにカテゴライズされるアニメだと思われるが、根底にある種族間の断絶、価値観の隔絶は断然シリアスである。そのシリアスさをほんわかとした絵柄と微妙な緊張感を孕んだ音楽に乗せて描き、尊い快感を与える。そこに本作の大きな魅力があると私は考える。